長谷川孝のブログマガジン

【武将】第19話 腹を据える

せんだって現存12城のうちの国宝5城のひとつ、松本城を訪れる機会があったのじゃが、城というのは良いものじゃのうぉ。クレーン車も何もない時代によくぞこれだけのものを建てるものじゃといつも感心しきりじゃわい。

ここ小田原城は、関東地方に一大勢力圏を築き上げた北条家の本拠地じゃ。北条氏康殿の統治下において、戦国最強を謳われた上杉謙信殿、武田信玄殿の攻撃をも退けた難攻不落の名城じゃ。

されど、豊臣秀吉殿のかつてない大兵力の前にはまったくの無力であった。代替わりによって謙信殿と信玄殿に攻められた当時の危機感が薄れ、両雄を退けた難攻不落の名城という“過去の成功”のみ受け継がれ、その上にあぐらをかき、世の趨勢を見極めず、何かあってもこの城に籠もれば大丈夫だろうという安易な考えが想定外の事態を招き、北条家を滅亡に追い込んだのではないかの。

リーダーは常に己を取り巻く環境の変化を見極め、それに対処することが求められておる。対処と申しても、後手に回ってする対処ではのうて、先手に回ってする対処じゃ。つまり、変化を先読みしてこの先何が起きるかを想定し、決断・行動することじゃ。

世界的不況と言われるような昨今の経済状況じゃが、まさに秀吉殿が大兵力で攻め寄せてくるような危機的状況じゃ。されど、いずれこのような時がくることを想定していたリーダーであれば、慌てることなくこの事態を乗り切っておることじゃろうて。

じゃが何も考えず、何も想定しておらんかったリーダーにとってはまさに青天の霹靂、思考停止、滅亡の危機。ここで指をくわえておるだけでは座して死を待つのみじゃ。

北条家が滅ぼされた一方で、秀吉殿の大軍に攻め滅ぼされる危機を乗り切ったお方もおる。伊達政宗殿じゃ。政宗殿はどのようにして危機を乗り切ったか・・・切腹覚悟の白装束姿で秀吉殿の懐に飛び込んだのじゃ。

腹を据えて行動すべき時を逸しては、未来を築くことはできぬ。未来は己の手で切り拓くのじゃ。待っておっても誰も何ともしてくれぬぞ。

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