長谷川孝のブログマガジン

【武将】第37話 事業承継 其の3

今年の秋には国の行く末を決めるであろう入れ札じゃの。貴殿は行かれるご予定か?
たかが自分ひとり入れ札にいかねども大勢に影響はないと思われるかもしれぬがそんなことはない。戦には一人一人の兵の力があるからこそ勝てるのじゃ。大いなる力の源は個にあるものじゃて。

さて、また此度も秀吉殿の事業承継の失敗についての話をさせていただこうかの。
前回お話しした、「リストラ」の失敗も大いなる失敗じゃが、さらにまだもうひとつ秀吉殿の失敗と申すべき事柄がある。

それは組織作りじゃ。秀吉殿は生前、石田三成殿を筆頭とした文官派閥と、加藤清正殿や福島正則殿を筆頭とした武官派閥を作り、豊臣家を二分してしもうたのじゃ。

もしこの派閥争いがなく、秀吉殿の死後も三成殿、清正殿、正則殿らが秀頼殿のもと一致協力して一枚岩となって家康殿と対峙しておったならば、その後の情勢はかなり異なっておったのではないかの。つまり豊臣家が滅亡することもなかったのではないかと思うのじゃ。

派閥を生み出し、家臣の目を内部の争いに向かわせ、家康殿に付け入られる隙を与えた秀吉殿の組織作りは、大失敗であったと思わざるを得ないのじゃ。

秀吉殿の存命中も派閥争いの問題は表面化しておった。それをなぜか秀吉殿はこの放置しておった。ライバル意識を持たせ、切磋琢磨し合うことを狙ってのことかもしれぬが、もしそうであれば、互いに信頼関係を築けるように秀吉殿が配慮してやるべきじゃ。

人たらしと言われ、誰よりも人間通の秀吉殿ならばできたはずじゃが・・・。信頼関係がなく、いわんや憎しみ合っておる間柄では、何をやってもうまくいくはずはないの。

缶ビールをいくら振っても、フタが付いておれば何も起きぬ。缶の中は爆発寸前でもそれをフタがおさえておるからじゃ。されどフタを開けたらどうなるかは申すまでもないであろう。

秀吉殿の死後、三成殿が武官派の連中に襲われる事件を契機に、その後のシナリオは家康殿の思うがままに動き始める。

豊臣家滅亡の要因は、秀吉殿の事業承継の失敗、つまりは、「己がいなくなった後のことまで考えた言動と組織づくりができなかったこと」

これに尽きるであろう。

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