長谷川孝のブログマガジン

【武将】第46話 衆知

家康殿が腹臣の本多正信殿と家臣3人を呼び出したところ、そのうちのひとりが一通の書付を懐から取り出し、家康殿に差し出したそうじゃ。

家康殿がそれは何かと尋ねたところ
「拙者が内々気付いたことを書き付けておきましたもので、憚りながらご参考になるかと思い、お持ちいたしました」
とのこと。

家康殿は
「それは素晴らしい心配りじゃ」
と感心して正信殿にそれを読むよう命じられた。

正信殿が読み始めると家康殿は、一箇条読み終わるごとに「もっともだ」と言ってうなずき、すべて読み終わると
「これに限らず、今後も気付いたことがあれば遠慮なく申し聞かせよ」
と言われたので、その家臣は
「お聞き届け下さりありがとうございます」
と言って退出した。

家康殿は正信殿に
「今の内容についてどう思うか」
と尋ねられたところ、正信殿は
「一箇条もお役に立つことはないように思われます」
と申し上げた。

家康殿は手を振り、
「いや、いや、これはあの者の分別一杯で書き付けたものであるから、それはそれで良いのじゃ。もっとも、わしの参考にすることは何もないが、思ったことを内々に書付にして懐に忍ばせ、折を見てわしに見せようと思う志は何ものにも変えがたいものじゃ。それが役に立てば用いればよし、役に立たねば用いないまでのことじゃ」
と申されたとのことじゃ。

広く意見を募り、皆の知恵を経営に活かす、すなわち衆知を集めるということが、いかほど経営にプラスになることかは今さら論ずるまでもなく皆様よくご承知のことであろうて。

されど衆知というのは思うほどそう簡単に集まるものでもないのじゃ。ただ単に目安箱を置いたところで、誰も投函する者はおらぬであろう。

衆知を集めるにはトップの真剣さ、それを欲する強い意識がまず何よりも必要じゃ。その意識があって始めて集まってくるのじゃ。

その意識を形で表すことも時には必要であろう。たとえばとある組織では、それがたとえどのようなくだらない思いつきであっても、その思いつきを申し出た者には対価を支給する仕組みをつくっておるそうじゃ。

どのようなくだらない思いつきでも、ということが大事じゃ。誰のどのような「知」であってもそれを頭ごなしに排除しないことじゃ。頭ごなしの排除は次につながらぬ。家康殿のようにまずは受け容れるのじゃ。

そうすることで皆は、トップの衆知を集めることに対する高い意識を感じ取り、それなら我も、という意識につながっていくことじゃろう。

真に役立つ「知」はどこから、いつ、どのようにもたらされるか分かるものではないからの。
なるべく多くの衆知を吸い上げたいものじゃ。

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