【武将】第36話 事業承継 其の2
前回の話を覚えておいでかの?秀吉殿の最大の失敗は「家督相続」、ということじゃったと思うが、今回はそのことについて引き続き語らせてもらおうかの。秀吉殿の死後、天下を二分した関ヶ原の戦いが起こることは貴殿もご承知のことであろう。その戦の後、天下人の座は徳川家康殿のものとなり、豊臣家はさらにその
前回の話を覚えておいでかの?秀吉殿の最大の失敗は「家督相続」、ということじゃったと思うが、今回はそのことについて引き続き語らせてもらおうかの。秀吉殿の死後、天下を二分した関ヶ原の戦いが起こることは貴殿もご承知のことであろう。その戦の後、天下人の座は徳川家康殿のものとなり、豊臣家はさらにその
貴殿は、物事のきっかけを考えることがおありかの?わしが歴史、と言うてもほぼ戦国時代じゃが、を好きになったきっかけは、わしがまだ中学生のころじゃったかのお。親父殿の本棚に並んでおった歴史小説を何気に読んでみたところからじゃ。父親としては息子に読ませようと思って本棚に並べておいたのでは
豊臣秀吉殿が小田原北条氏を滅ぼして天下人となって後の話じゃが、奥州の葛西・大崎で一揆が発生した。この一揆について、伊達政宗殿がその首謀者であるという声が挙がったことから、秀吉殿は政宗殿を呼び出して糾明することになった。秀吉殿の手元には、政宗殿が一揆を扇動したという証拠の書状もあった
本多忠勝殿をご存知か?トンボがその先端にとまると、スッとまっぷたつに切れたと言われる名槍、その名も「蜻蛉切り」をひっさげ、戦場を駆け回ること50有余回。かすり傷ひとつ負ったことがなく、家康殿にはもったいない、と巷間謳われるほどの豪傑じゃ。その本多殿に並ぶ無双の勇者として、豊臣秀吉殿が絶賛し
今日は久しぶりに地元、小田原の話をしようかの。戦国時代の小田原と言えば北条殿じゃが、その治世において次のような話があったそうじゃ。とある諸国行脚の僧が小田原の城下に来て立札を見たところ、嘆息をもらして「北条家も大いに衰えたり。この分では遠からず滅ぶであろう」と言ったそうじゃ。それを役人が聞
加藤清正殿をご存知か?秀吉殿に幼きころから仕え各地を転戦、数々の武功を挙げ、のちに肥後一国、つまり今の熊本県を治める大名にまで出世した御仁じゃ。清正殿と言えば賤ヶ岳七本槍のひとり、虎退治、あるいは石田三成殿や小西行長殿ら文治派との確執で有名じゃから、よほど武辺一辺倒の武骨な猪武者かと思いき
長野県伊那市にある伊那食品工業という寒天の製造販売をしておられる会社をご存知か?テレビでも取り上げられておったが、素晴らしい会社じゃの。そしてその素晴らしさはトップの価値観から生まれておることがよく分かるというものじゃ。トップが何に価値を置いておるかによって、組織の有りようが変わっ
今回は徳川家康殿が語ったという後継者の心構えについて話を進めてみようかの。家康殿曰わく「祖宗の創業というものは、その国家のために十分に熟慮したものである。そのうえ日夜心身を労して、子孫のために万世不易の法を立てたのである。ところが後継ぎは、その法を守ることができず、思うままに変更して、それ
前回お話した黒田如水殿を覚えておいでかの?彼は秀吉殿の天下統一に大きく貢献した参謀で、秀吉殿から「自分の次に天下を取る男」と恐れられるほどの能力の持ち主であったそうじゃ。それを敏感に感じ取って身の危険を感じた如水殿は、秀吉殿が天下を取った後は、自ら望んで九州に知行地を得て、静かに暮らしてお
黒田官兵衛孝高という知将をご存知か?如水という名のほうがよく知られておるやもしれんな。老子の教えに「上善如水」というのがあっての、つまり、水が変幻自在にかたちを変えるように、柔軟に変化に適応することや、水が常に低いところに流れるように、人の嫌うことでも進んで行う謙虚さといったことの大切さを説いたも